蒸し暑い夏の午後。お気に入りのハーブティーを淹れて、ベランダに出る。
そんな時間にぴったりの本が、夏目漱石の短編集『夢十夜』です。
「こんな夢を見た——」で始まる物語は、わずか十編。
それぞれがまさしく夢のように不思議でありながら、人の心理も鋭く描かれています。
読み終えた後も余韻が長く続く、魅力的な連作小説です。
📖 『夢十夜』とは?
『夢十夜』は、1908年に雑誌「新小説」に連載された夏目漱石の幻想的短編集。
夢を題材にした10の物語が収められ、それぞれに異なる世界観と登場人物が描かれています。
たとえば——
- 第一夜:100年待ち続けた恋
- 第三夜:童子を背負う男の話
- 第六夜:運慶の彫り物のお話し
どの話も、読み終えた後に「これはいったいどういう意味だったんだろう?」と考えさせられるのが魅力です。

📚 『夢十夜』|全話感想📚
第一夜
📝 あらすじ
死にゆく女性に「百年まってほしい」と頼まれた男が、その言葉を信じて女性のお墓の側で百年待ち続け、やがて一輪の真っ白な百合が咲き、その花が女性の生まれ変わりであることを悟る。
☕ 感想・印象に残ったこと
切ない幻想譚。女性の化身の植物の茎が男の方に伸びていく描写が好きです。夢だから待てる百年なのか?それとも?、、、時間と愛について考えたくなる一話です。
第二夜
📝 あらすじ
侍が和尚に「侍なのに悟れぬのか」と嘲笑され、「無」を悟ろうと夜通し座禅する。しかし、悟りに至らないまま夜は空けてしまう。不安と焦燥が錯綜するお話し。
☕ 感想・印象に残ったこと
人の心には喜怒哀楽があって騒がしいものなので、無という悟りめいたものを求めたくなるものなのかもしれません。それにしても、夢の中でも収まらない怒りって本当のことみたいに生々しいですよね。
第三夜
📝 あらすじ
盲目の子供を背負い、夜道を歩く男の話。子供は、まるで大人みたいに周囲の状況を言い当て、不気味さと恐怖が募る。やがて男は100年前にこの森で盲人を殺したことを思い出す。
☕ 感想・印象に残ったこと
背負っていた子供がともかく怖いです。思い出せない過去のことを思い出すまでの短いストーリーなのに、しっかり背筋が冷たくなる感じの怖さ。この先に、報いを受けるのでしょうか?償うのでしょうか?用意されていない答えを考えてしまいます。
第四夜
📝 あらすじ
酔っ払いの老人が「手拭いを蛇に変える」と豪語しながらざぶざぶ川に入って、どこまでも真直ぐに歩いていき、蛇を見せるだろうと何時までも待っていたけれど、とうとう爺さんは向こう岸にあがってこなかった。
☕ 感想・印象に残ったこと
いわゆる蛇を見せるという手品は一切成功していないような感じで、最後お爺さん自身が消えてしまうという、夢っぽい不可思議さ。「今になる、蛇になる、きっとなる、笛が鳴る」という言葉遊びみたいな唄、個人的にはちょっと好き。
第五夜
📝 あらすじ
捕虜となった男が、敵の大将に死ぬ前に恋人に会いたいと云った。夜明けの鶏が鳴くまでなら待つと。殺される運命にある恋人のために馬を走らせるが、天深女(あまのじゃく)の鶏の鳴き声に騙され、命を落としてしまう。
☕ 感想・印象に残ったこと
神代に近いと思われるほど古く、その頃の人は皆んな背が高く長い髭を生やしていたという最初の文章から、夢というより、神話の世界に引き込まれるような感覚になりました。天深女(あまのじゃく)は、ただ意地悪だったのか、もしかしたら嫉妬していた?なんて考えてしまったりして。
第六夜
📝 あらすじ
護国寺の運慶が見事な仁王像を彫っているというので見学に行く。野次馬の中の1人に「木の中に仁王像が埋まっている」と聞き、それならば自分もと木を彫るが像は現れない。
☕ 感想・印象に残ったこと
彫刻家の方って、何もないところから命通っているような作品を作られるので、この夢みたいに、まるで魔法です。同じ素材、同じ道具を使っても同じことはできないですが、もしかしたら、素材と道具を変えたら、誰しも何か魔法みたいに素敵なものを生み出せるのかもしれない、なんて思ってみたり。
第七夜
📝 あらすじ
目的地も分からず大きな船に乗っている。乗客の男に何処に向かっているのか聞くが答えを得られない。とうとう死ぬことを決意し海に飛び込むが、船と縁が切れた途端に命が惜しくなり後悔の念に駆られる。何処へ行くか判らない船でも乗っている方が良かったと悟ったが、もうその悟りを生かすことはできず、無限の後悔と恐怖の念を抱いて静かに落ちていった。
☕ 感想・印象に残ったこと
この状況、まさに夢の出来事という感じなのですが、内容は人生そのものみたいで、不満ばかりに注目してしまって思いっきり逃げてもいいこと無さそうです。船とは縁が切れても自分自身とは縁が切れないので。どうか、この先、夢ならではの展開で命が助かって、悟りを生かすチャンスがあってほしいなんて思ってみたり。
第八夜
📝 あらすじ
床屋で鏡越しに行き交う人々を観察するお話し。
☕ 感想・印象に残ったこと
鏡の中のちょっと不自然で不思議な見え方の表現が秀逸。内容に深い意味があるのかどうかは分からなかったのですが、ともかく、このお話しだけは映像で見てみたいです。
第九夜
📝 あらすじ
幼い我が子を背負い、夫の安否を祈って御百度参りをする母親。幾度となく気を揉んで、夜の目も寝ずに心配していた父はとくの昔に浪士に殺されていたという悲しい話を母から聞いたという夢。
☕ 感想・印象に残ったこと
あまりにも切ない叶わない祈り。でも、こういう思いって無駄なわけないと強く思います。なんて、数ページで登場人物と一緒に悲しい気持ちになり、心揺さぶられてしまうお話しでした。
第十夜
📝 あらすじ
町一番の好男子、庄太郎のただ一つの道楽は、パナマ帽を被って、水菓子屋の店先で女の顔を眺めること。庄太郎は水菓子屋で美しい女性に出会い、その彼女に攫われ、行方不明に。断崖絶壁で女性に飛び込むように命じされるが拒否すると大嫌いな豚の大群に襲われ、必死に七日六晩、豚の鼻面を叩いたが、とうとう精魂尽きて豚に舐められ倒れてしまったという。ここまで話を聞いていた健さんに、女を余り見るのは良く無いよ、と戒められる夢。
☕ 感想・印象に残ったこと
「こんな夢を見た」で始まらないのですが、夢としか言いようのないお話しで、庄太郎と女性のやりとりも、豚さんもとってもシュールで可愛いらしくて大好きです。ただ、悪気なくても、欲望の方に流されすぎてしまうと豚さんに舐められてしまうのは夢じゃなくて現実かもです。
🌿一緒に飲みたいハーブティー🫖
この作品は一話ごとが短く、1編3〜5分ほどで読めるのが特徴。
ハーブティーが冷める前に、ひとつの物語を読み終えることができます。
おすすめの組み合わせは、レモンバーベナのハーブティー。
ほのかにレモンの香りが漂い、幻想的な物語の余韻にぴったりです。

📖こんな人におすすめ!
- 文学好きで短編集が好きな方
- 明治時代の空気感に触れてみたい方
- 心がちょっと疲れているとき
- 「夢」のような非日常を味わいたい午後に
【コラム】🌙 夢の不思議なおはなし
夢の中の「時間」は、現実とはまったく違う——
そんな話を聞いたことはありますか?
たとえば、眠りについた直後に見た夢の中で、数日〜数年が経っているように感じた経験。
実際には数分しか経っていなかった、なんてことも。
脳は眠っていても、無意識の記憶や感情を組み合わせて「物語」を紡ぎ出します。
だから夢の中では、過去も未来も、誰かの言葉も風景も、すべてが混ざり合って自由に変化していくのです。
そんな“夢の不条理さ”を、見事に言葉で描いたのが夏目漱石の『夢十夜』。
まるで夢そのものを閉じ込めたような短編集なのです。

📖おわりに
個人的に印象深かったのは、第七夜。
誰しも皆んなこんな感じで大きな船に乗っているようなものかな、と。
物語の中で後悔する選択をした時の心理描写が細やかで、まるで本当のことのようで、自分の意識をどこに向けるのかで心が変わるに違いないと思い巡らしてしまいます。
おすすめのレモンバーベナのハーブティーなど飲みながら、
時々、少し目を閉じたりして、夢の続きを感じてみてください。
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